ルイ16世妃マリー・アントワネット その3 王制の黄昏

その2より 人々にとってこの事件は王妃を中傷するネタに過ぎず、この首飾り事件はフランス王政が揺らぐ大きなきっかけともなりました。

1789年7月14日、フランスでは王政に対する民衆の不満が爆発し、フランス革命が勃発しました。

ポリニャック伯夫人ら親しくしていた貴族たちも彼女を見捨てて亡命してしまいます。

彼女に最後まで残ったのは、王妹エリザベートとランバル公妃マリー・ルイーズだけでした。

国王一家は身柄をヴェルサイユ宮殿から、パリのテュイルリー宮殿に身柄を移されることになります。

民衆の望みは国王一家がパリで一緒に暮らし、自分達と共存していくことでした。

ですからパリに身柄を移された国王一家を歓迎している面もあったのです。


この城を使用するのは150年ぶりで、あちこち大幅に手を入れる必要がありました。

ヴェルサイユ宮殿からは家具が運ばれ、家族水いらずの生活を送ることになります。

ルイ16世もマリー・アントワネットも、舞踏会や観劇、音楽会を自粛して、自らが捕虜のように振る舞い、滅多に外出することはありませんでした。

しかし、このような国王夫婦の萎縮した態度は民衆から逆に王という存在への畏怖の念を取り払うものとなりました。

憲法制定の準備を議会が進める中、決定的な影響力を持っていたのが立憲王政を支持していたミラボー伯爵でした。

ミラボーはルイ16世に革命を受け入れさせた上で手を結ぼうと考えていました。

フェルセン伯爵はマリー・アントワネットと愛し合っていて、私財を投じて国王一家の逃亡に力を貸そうと決意し、アントワネットの兄レオポルト2世に助けを求めフランスから脱出しようと計画しました。

ミラボーもパリから脱出すること自体に反対ではありませんでした。

しかしフェルセンと違うところは外国の軍隊を頼りに逃亡するのではなく、フランス軍を頼りに昼間堂々と行うべきだとしたものでしたがこの考えは聞き入れられなかったのでした。

庶民に化けたつもりの国王と王妃は、それぞれ別の馬車に乗ることを勧められますが王妃は家族全員が乗ることのできる大きな馬車に、銀の食器や衣裳箪笥、食料品や酒蔵一つ分のワイン樽を積んで出発してしまいます。

荷物を満載した速度のでないこの馬大きな車は、ほどなく捕えられます。

このヴァレンヌ事件をきっかけに、国王一家は親国王派の国民からも見離されてしまいます。

ヴァレンヌ事件によってタンプル塔に幽閉されることになったルイ16世一家がパリに連れ戻される前にシャロンに到着すると、このシャロン近くの領主ダンピエル伯がルイ16世らの乗った馬車に近づき表敬の挨拶をしたところ、これを観て怒った民衆に惨殺されてしまいます。

どれだけ一触即発の空気が流れていたのかが分かります。

パリ移送にはもう一つ話があります。

戻るまでの道すがら、途中から議会から派遣されてきた国王一家を連行する委員3名が一緒に馬車に乗ります。

この3人はこの馬車の中でマリー・アントワネットが想像していたようなとんでもない女性ではなく、人の話しに真摯に耳を傾ける魅力的な女性であること、王が自ら王子の放尿を手伝っていたこと、王族も個人で見ると自分達となんら変わらないことを知り、すっかり王党派寄りの考えを持ってしまい、後の議会では王の免責を主張するまでになったそうです。

そんな中、フランスはオーストリアに宣戦布告し、それを知ったアントワネットはフランスの情報をオーストリアに通報し続けます。

アントワネットにとってこれは裏切りのつもりではなく、フランスが負けることより連合軍によって王家が開放されることを望んでいたからでした。

アントワネットにとってフランスとは王家だった訳です。

フランスで議会が『祖国の危機』を宣言し、オ?ストリア連合軍の総司令官ブラウンシュヴァイク公爵が出した『国王に従うこと』『テュイルリー宮殿を襲撃したらパリを全滅させる』とした宣言は意図とは逆に民衆の怒りの炎に油を注ぐことになりました。

民衆にとっては戦争の相手国が自分らの王様と手を結んでいると宣言されたのですから。

1972年8月10日、テュイルリー宮殿は民衆に襲撃され、議会に逃げ込んだ国王一家は議長席の後ろの小部屋にかくまわれます。

宮殿ではスイス近衛兵が民衆と戦っていましたが、国王が発砲中止命令を出したためスイス近衛兵らはみすみす暴徒達の餌食となってしまいます。

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その4へ続く

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