「クリノリン」とは馬の尻尾の毛を指す「クラン(crin)」と、麻布を指す「ラン(lin)」を合成してできた言葉です。
もとは1830年頃に作られたスカートを膨らませるためにペチコート(スカートの中に入れる釣り鐘型フレーム)の繊維素材として使われた馬の毛を織り込んで硬くした木綿もしくは麻のことだったのですが、1850年代後半にスカートを膨らませるために有名なファッションクリエーターのウォルトによって鯨ひげや針金(後に材質は変化)を輪状にして重ねた骨組みの下着として発明され、そのままスカートのスタイル名として使われるようになりました。
それまでスカートを膨らませるために何枚も重ね履きする必要のあったペチコートに変わってドーム型のシルエットがそれまでより簡単に得られるようになりました。
1860年代に入るとクリノリンはその形を変化させ、さまざまなバリエーションが生まれました。
ヴィクトリア朝時代のイギリス女性の間で爆発的に広まりこのクリノリンによってスカートの裾は大きく広がれば広がるほど良いという風潮になります。
クリノリンが巨大化した理由の一つが1856年、皇太子(ナポレオン4世)を身ごもっていたフランスのウジェニー皇后が姿態の不恰好を隠すためにクリノリンを極端に拡大して使い、それが新しいモードとしてサロンに受け入れられ1850年代末にはクリノリンの大きさは最大値に達しました。
この巨大化は1860年代まで続きます。
しかし巨大なクリノリンは動くたびにクリノリンが引っかかって転倒したり、暖炉などの火がスカートに引火して火傷をしたりという事故が多発しました。
一説に年間3,000人の人間がクリノリンによる事故で死亡し、20,000人の人間が事故にあったといわれるほどでした。